11/24 教室閉鎖

高円寺の教室の閉鎖は、小澤の死亡前から決定していました。

小澤の体力が、すでに初心者から教える事に対しての限界を感じていたからです。

閉鎖前に、生徒さんたちがまとめて購入されているチケットを使い切る事ができるよう、

小澤は体調を気遣いながら、なんとか最優先で教室を成り立たせるために、

薬や食事時間で痛みを調節していました。

いよいよ、体調の管理が難しくなると、

上級クラスのジングルジムは、小澤不在の自主練習として、

体力の温存を図りました。

急な閉鎖告知ではないものの、生徒さんのご都合もあり、

チケットを使い切れなかった方に対しては、

返金を口座にご送金させていただいたり、

香典とさせて手向ける方には、そのような手続きをとり、

責任を持って、喪主の小澤和也にその旨をお伝えします。

ジングルジムには、メンバーのメーリングリストがありますが、

教室は、それぞれの方が単独参加をされているため、

情報の伝達手段がありませんでした。

本HPに死亡記事をだしましたが、まだ確認をされていない方が、

万が一、教室にふらりと来てしまった場合を想定して、

ジングルジムから、5名と付き添い1名が同行してくれました。

師匠を失った気持ちがわかる同士で、

パンデイロの質問を受けてほしかったからです。

(助手の坂本は、パンデイロを叩けません)

少人数だった事もあって、

小澤敏也の思い出話をつきる事なく語り合う時間が持てました。

「偲ぶ」というのは、

死を受け入れてはじめて成り立つ感情である事を感じ取りました。

ジングルジムや、教室は、このステップを踏み、

そして、小澤の遺作を発表するというミッションに向かって進む事ができますが、

地方の団体におかれましては、どんなに辛い気持ちでしょう。

小澤が皆さんに愛されていた事を、

ジングルジム、教室生徒は心に留めつつ、

自分たちの立場でできる事を発信していくと確認がとれました。

 

親友の渡辺亮は、妖怪の画や、オブジェの製作など、

音楽以外にも表現の場を持っている事を、

小澤はいつも尊敬をもって接していました。

そんな時、

友人のひとりは、

「小澤敏也は、サッカーのように、チームをつくって

仲間に音楽でリーダーシップをとる事ができる」

と、伝えました。

中学、高校とサッカー部のキャプテンだった小澤は、

ジングルジムでもキャプテンであり続けました。

弱いもの、迷っているものを見捨てず、全体でフォローするスポーツマンシップは、

ジングルジムの練習会という

上手いものが未熟なものに教えるというスタイルに根付いています。

教室は閉じました。

長年のご愛顧を感謝いたします。

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