2013年11月18日に膵臓癌のために逝去した小澤敏也が、亡くなる3日前の11月15日にパソコンに遺したパンデイロバツカーダを12月21日青山・プラッサ11にて、彼が創設したパンデイロチーム「JINGLE GYM」によって初演されました。彼がギタリスト・ウエキ弦太氏とともに企画をし、出演予定だったLIVEでした。末期癌だった小澤は、入退院を繰り返した後に、自宅にて在宅医療に切り替え、丸山ワクチンによる治療を受けていました。最期まで演奏活動を続けられるように、病名の公表を控え、8月には、地方へのツアーを4本行い、9月14,15日のバモスブラジルでは、4本のライブに出演しました。10月7日のyoutube撮影、10月12日に最後に人前で演奏した後も、訪問看護士に楽器を説明しながら演奏するなどの姿もありました。亡くなる2日前には、友人のコンサートにも車椅子で出向き、最期まで演奏家としての尊厳のある生き方を貫きました。亡くなった翌日に、自宅に友人らが集結し、親友のパーカッショニスト渡辺亮が譜面を起こした後、パソコンをジングルジム主要メンバーの柳元武司にあずけ、パンデイロのパート分けを含めた譜面に書きおこし、初演に備えてメンバー24名が練習を重ねました。末期癌の腹水が貯まる症状のため、続けて睡眠がとれなかった小澤が、深夜に睡眠をあきらめて、少しずつパンデイロ演奏を重ねて録音したものが遺されています。葬儀の模様などは、HPに掲載されています。享年52歳。