8月6日によせて
2013年の8月6日は、小澤敏也は広島にいました。
記念式典をみていたのは、ホテルの部屋で。
その年の5月に癌告知をうけ、余命は年内と言われてから、
この瞬間に小澤敏也ははじめて泣きました。
辛い抗がん剤の治療にも前向きに取り組んでいたのですが、
ここではじめて、
「俺は、来年は、いないかもしれない」
と、思ったそうです。
でも、もし奇蹟がおきて、生きている事ができたならば、
車椅子でも何でも、「オラをここにもう一度に連れてきてくれろ」
と、言いました。
いつもそうなのですが、本当に写真の時には、わざと変な顔をしています。
平和記念公園から、まっすぐに「爆心地LIVE」の会場のOTISに向かいます。
リハーサル風景。
尊敬してやまない遠藤ミチロウさんとの共演に感動していました。
小澤敏也は、この日を「ハチロク」と呼んで、ミュージシャンである自分ができることを思う日だとしていました。
他の年には、「仕事の日になってしまったから、何もできないけれど、せめて断食してみる」
と、実行した年もありました。
小澤敏也にとって、「ハチロク」が大切な日だったように、
まわりの皆にとって、この日は、小澤敏也という人を偲ぶ日にもなっているような気がします。
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