12/2(火)プラッサオンゼ 【pikaia pandeiro special】 LAST LIVE!! ~ありがとう小澤さん♪~

12/2(火)プラッサオンゼ
【pikaia pandeiro special】
LAST LIVE!!
~ありがとう小澤さん♪~
渡辺隆雄tp 中西文彦g 山田”やーそ”裕7st-g 臼井康浩elg
渡辺亮perc 岡部洋一perc

 

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(撮影 MENGO)

言葉にするのは、難しい。

いろんな思いがつまった時間でした。

 

ナベさんが言うところの小澤敏也にとって「限りなく血がつながっていそうな兄」の渡辺亮さんがいる。

 

小澤がウニアン(サンバの学生連合チーム)に参加していた頃の仲間で、同じ歳。『おかべー』と呼んで親しみを持っていた岡部洋一さんがいる。

 

PPSのオリジナルギタリスト中西文彦さん。小澤は、中西さんの人生を自分が変えてしまったことに、いつも責任を感じつつ、中西さんの作り出す楽曲の世界が大好きでした。そして、小澤が亡くなった後の仏壇に最初にお線香をあげに来てくださったのが中西さん。お経を捧げていただいた時の静粛な感覚は、忘れられません。

 

臼井康浩さんは、小澤が亡くなってすぐの年末に、ホームページを続行するかどうかをホームページ創設に関わった関係者の皆さんと相談をするために名古屋を訪れた筆者を名古屋駅まで迎えにきてくださり、WEB関係の相談にのってくださりました。小澤は、博識な臼井さんとの会話を楽しみにしていました。即興演奏の自由な広がりについて、影響を受けていました。

 

やーそは、ナベさんとたった二人の全国のラストツアーでは、夕鶴のおつうのように、身を削って、小澤の担当していたパートの音を出してくれていました。ビリンバウの音を七源でつまびき、小澤が雄叫びをあげる役目を大きな口をあけて、叫んでくれていました。パーカッションのように、ギターのボディを叩いていました。生前、小澤がPPSのツアーを振り返り、ひとり反省会を吐き出すように言う場面のしめくくりには、いつもこうしめていました。

「でも、やーそが笑顔だったから良かった。」

小澤にとって、大切な存在です。

 

そして、ナベさん。

きっとナベさんと小澤にしかわからない世界があったのでしょう。

小澤敏也の全ての表現するナベさんの楽曲があったからこそ、小澤は輝けたのだと思います。

小澤が50歳の誕生日後に、ギックリ腰。

震災後のガソリン不足。

いろんなピンチも、ナベさんが全て解決してくれていました。

それなのに、体調不良で名古屋ツアーをキャンセルしてしまった時、

まさかの台風での現地入りになったナベさんのいる方向に向かって、小澤は、

「ごめん、嵐まで呼んじゃって。」

と、手をあわせていました。

 

PPS最後の最後のプラッサの日は、快晴でした。

きっと、ナベさんの心の中で、

小澤敏也と握手しながら、

「晴れちゃったね。」

って、照れ笑いをしていたんですよね。

 

 

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(撮影 MENGO)

「ピアイア祭り」に、いつも参加させていただいていた小澤敏也の考案したパンデイロバツカーダを演奏する「パンデイロチーム ジングルジム」も、この記念の夜には参加をさせてもらいました。

写真後方左端から時計回りうずまきに、

多鹿、斉藤、三木、渡辺、山田、岡、志村、玉井(ゆ)、キッシー、まりりん、やなふぃー(柳元武司)、よしべぇ、はるか、玉井(せ)、戸田、佐藤 (敬称略)

 

ジングルジムは、日曜日午前中(開催日はHP参照)三軒茶屋にて、活動を継続中です。ウェブレッスンで独学された方など、見学、体験参加は随時受け付けています。リーダーの柳元武司まで、ご連絡をお待ちしています。

 

 

 

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