つるさんのワークショップ

小澤敏也が、楽器を遺すことで、活動の存続を託した楽団「ぺとら」で、今、学校公演の準備をしており、そんな中で、小澤と行ったいろんな形態の学校関係のワークショップを想いおこしています。

学校の行事の鑑賞教室としての演奏。

道徳の授業の学校公開として、地域の方向けの講座。

保護者主催の学年の会。

登下校の地区会。

養護教諭の研修会(東京と全国それぞれ)

学校の職員研修会

学校の周年行事のゲスト。

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教育の現場に、原始人のような風貌、挑発、パツパツの細身のパンツのいでたちは、

みんなにギョっとされつつ、一目置かれていました。

筆者の専門は、リトミックなので、空間表現の手段のひとつとして、保育現場でよく使用される巨大な円形のパラシュート生地の布を使っての参加型のパフォーマンスを得意としています。

一番、たくさんこれをやったのは、どこの一見の学校よりも、私が当時園長をしていた拠点の「むらさき幼稚園」だったのですが、そこで、古楽バグパイプと、小澤流にアレンジし、構え方からして、トラディショナルを逸したブラジルのマラカトゥの大太鼓「アウファイア」を合わせたパーカッションアレンジは、秀悦でした。

何回か、これを再現したく、パーカッション担当のメンバーに、伝えるのですが、小澤の「轟」が耳に残る私には、どうしても満足ができませんでした。バグパイプの近藤治夫と、記憶を頼りに分析すると、どうやら、小澤は、「リズムパターン」をキメ以外はキープするという叩きかたではなく、いつも私の動きを見て、それに合わせた空気の変化を太鼓で指示をしていてくれていたようなのです。

「この活動のクライマックスは、ここだよ〜。頂点だよ〜」

とか、

「次の活動の指示が出るよ〜。集中しておいたほうがいいよ〜」

ということを、太鼓の音量とニュアンスで伝えてくれていたのですよね。

幸い、

メンバーのアラブ系パーカッショニスト立岩潤三は、サーカスとの共演経験もあり、場の緊張と弛緩のタイミングを心得ているので、小澤が行っていた太鼓でのサポートの役割を細かく伝えると、

それをアラブのリズムのアレンジで、全く新しい形で、構築してくれました。もう一人のパーカッションがサポートをすれば、二人分の音圧が出ます。私は、耳に小澤の音やリズムはしっかり残っているのですが、代わりにそれを演奏するパートではないし、お手本も示せずに歯がゆいのですが、小澤の音を一緒に記憶してくれているメンバーが二人いて、しかもそのうちの一人のピアニスト福澤達郎は、「こどもの城 ガドガド」でも、30年近く共演をしていたので、彼の中にも、小澤のリズムの断片は生きています。

ふと、

小澤が音楽で、そして、教育の場での音楽でやりたかったことは、

やっぱりスポーツ、サッカーだったんだな、と思いました。

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記憶が蘇ったのは、某 発達支援級、中学2年生のクラスとのコラボの風景。

本編は、支援級の先生かたへのクリニックだったのですが、

子供を前にしたら、つるさんは、必ずかかわらずにはいられません。

私は、当時、発達支援のコーディネーター研修も受講しており、園長として、毎年、「支援シート」も記入する立場にいたので、その集団を遠目に見ていても、染色体の関係なのか、自閉症スペクトラムの中にいるこなのかは、なんとなく察しがつきます。目についたのは、おそらく「LD(学習障害)」か、「ディスレクシア(字の認識が苦手)」のような雰囲気で、ひときわ「私を見て」というオーラを持っている女の子。普通級では、おそらく許されないオシャレをしていて、先生かたも、それを彼女が発している信号と受け止めているようでした。

「十羽一絡げにしてよオ〜」

つるさんが、耳うちします。

普通級についていけない子を、一つにまとめているように見えたのでしょう。

現場では、ちゃんと、通級という制度があり、一人ひとりにプログラムがあるので、学科ごとに対応があるのですが、つるさんは、直感のひとですから、そう感じたようです。

「みんなができることをやるから、この子たちができないことが目立つんだ。みんなも初めてのことをやればいいんだ」

そんなこと言って、その時の課題は、何だか破天荒なリズムだったような記憶がします。

その後、生徒は退出し、先生のみの研修会になったのですが、

そこで、つるさんは、自分自身が幼い頃、発達相談を受けた話をしていました。

今度の「ぺとら」は、「リオ・オリンピック、パラリンピックを楽しむ準備のための講座」を総合の授業として行います。

つるさんが、いたら、一番喜びそうなお仕事です。

そして、そんな時には、つるさんだったら、何回でも学校に通うんだろうなぁ〜と思いました。

 

お仕事の垣根を越えて、

あっという間に人との距離を超えて、

「身内」になってしまう人だったなぁ〜、と、「つるさん」のあったかみを思い出し、

私が、引き継げる部分は、引き継ごうと思いました。

演奏も大事だけれども、

ハートで伝える。

「つるさんのワークショップ」は、そんなあったかみがありました。

そんな折、

小澤がかつて、

「学校にある楽器を鳴らしてみるワークショップ」というのをやったことがあり、そこの主催の会から、再度の別件オファーがありました。

学校の音楽室にある使っていないコンガとかの本物の音を聴かせましょうというつるさんの気持ちについて、主催者さんも一緒に思い出を振り返っていました。

小澤敏也と一緒に共演したミュージシャンの皆様も、一緒に音作りをする中で、空間に造形を置くようなサウンドデザインをした小澤の音像作りに、様々な思い出があると思います。

生徒さんたちは、練習会の後の人生訓示のような、長話に付き合わされたことでしょう。

みなさんにとっても、いろんな思い出があるように、

私も、学校公演やワークショップを一緒にたくさんやらせていただいて、いろんな教えを頂いたなぁ〜と、思っているところです。

 

現在、私は、幼稚園園長から、音楽ラボの主宰者となり、自ら営業をして、さまざななワークショップや、楽団「ぺとら」としての教育的な演目を制作しています。

予算が出せない団体が、「文化庁の派遣」ということで、補助が受けられるように、「文化庁派遣アーティスト」の登録も済ませました。

つるさんは、こどもたちに会えるワークショップを、まるで遠足の前のこどものように、楽しみにしていました。

子供たちが、「明日は、楽器の演奏の日だ!」とか、「明日は、勉強が1時間、減るぞ!」といった喜びを、アーティスト自身も、前日から、「うふふ」と、含み笑いをしながら、楽しみに心待ちにしていました。

改めて、

つるさん、偉大だったなぁ〜、すごいなぁ〜。と思っているところです。

 

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