浅草サンバカーニバルの巨大パンデイロ
今日、あなたと一緒に浅草に参加出来ることが楽しみです。
いつからかな〜、自分のバンドにあなたをゲストに迎えて、一緒にパンデイロを叩くことが僕の夢になってた。
自分のチームでも無いし、作った曲でもないけど、パンデイロのフレーズは僕が考えたんですよ。
小澤さん、気が向いたらでいいですから、一緒に叩いてくださいね。
(2014 浅草サンバカーニバルによせて ジングルジム 玉井正剛)
(写真撮影 小沢芳彦 写真所蔵オフィスジングルジム)
ワタシの知っている限りで、
小澤敏也のパンデイロ生徒で2番目に古くから共に活動をしている玉井正剛さんは、
浅草サンバカーニバルに毎年出場している歴史の古い、ダミオンが率いる「G. R .E. S. Império do Samba」のメンバーでもあり、
今年のサンバカーニバルにジングルジムが参加する道立てを、オーガナイズし、自らデザインをして、製作にも取り組まれていました。
そして、ジングルジムのメンバーから有志を募り、
「インペリオ」の参加者として、「パンデイロ隊」を結成しました。
小澤と言えば、
浅草サンバカーニバルには、7年間連続で出場した「ウニアン」を思い浮かべる方が多いと思うのですが、
2004年には、ダミオン率いるインペリオへ、自ら20名のパンデイロ隊を率いて団体で参加をしています。
私としては、今回の参加は、そのアンサーソングのような気がしています。
その他、「アイルトン・セナ」をテーマとした2005年のインペリオS2リーグの優勝時にも、バテリアとして参加など、合計4回ほどの出場をしているそうです。私が小澤から聞いているのは、
「俺がダミオンを好きなのは、古いサンバに触れることができるから」
と、メストリとして、尊敬をもって、ダミオンの話をし、
そして、ダミオンの製作したバチや、日本の竹を使用したヘコヘコなどを大切に、メインとして使っていました。
浅草サンバカーニバルは、コンテストなので、様々な制約があり、
ルールやマナーを知らないで参加をすることは難しい中、
小澤敏也とともにサンバをした思い出を共有しているインペリオメンバーの皆さんに、ジングルジムと、私は暖かく迎え入れていただき、
リオスタイルのサンバパレードが総合芸術であること、
様々な役割のキャラクターがあること、
ブラジル人の国旗への愛着、
サンビスタの心意気、
隊列をつくる美しさなどを体験することで、
小澤が常々言っていた「美観」「美しいということ」の意味がひも解かれた思いです。
ペースメイカーを置き、
時間どおりに、スタートからフィニッシュするものであるということも、参加してみてはじめてわかりました。
しかも、隊列の横のラインも気にしなければいけない。
サンバというと、おおまかな脳内画像として、バシスタ(タンガ、羽をまとった女性ダンサー)を思い浮かべる人が多いと思いますが、
それは、人間の身体の賛歌というか、人類として理解しなければいけない要素のようなものなのではないでしょうか?
一方で、露出を控えた「バイアーナ」という女性ダンサーもいて、
コミサンというキャラクターの役割もある。
小澤敏也の考案したバツカーダには、
ドラムの音、コンガの音、フレームドラムを模したものなどがあるそうで(本人談)で、
「ジングルジムにも、自分たちがパンデイロでその楽器を叩いている本家の音を聴かせて知らせないと。」
と、よく言っていました。そういいながら、楽器を車に入れていたので、てっきりそうゆう回のレッスンがあったと思っていたのですが、
どうやら、それは空振りだったようですね。
でも、その気持ちの延長線上には、
「サンバをやるなら、サンバの楽器の奏法を知った上で、パンデイロで叩く」という作業も、
ゆくゆくは試してみることもありかもしれませんね。
もし、パンデイロでサンバの音をたった一台で、演奏する機会に恵まれたパンデリスタがいたら、
「タンボリン」「ヘピニキ」「スルド」「カイシャ」「マラカシェッタ」「ヘコヘコ」「ショカーニョ」等等の楽器の音色が、
そのアタックにあたるか研究してみてはいかがでしょう。
「クイーカ」の音は、小澤は本当にそっくりに出していましたね。
ネタとしてね。
さてさて、
youtubeに早速、サンバカーニバルの動画がでていました。
巨大なパンデイロを背負っている「ジスタキ」は、筆者です。
ジングルジム及び、小澤敏也の兄和也、筆者をチームの中に受け入れてくださった偉大なメストリDamiao Gomes de Souzaと、
G. R. E. S. Imperio do Sambaに感謝いたします。
そして、S2リーグ準優勝おめでとうございました。